カテゴリ:天の国( 5 )




「すばらしい」葬儀

私の大好きな教会のご婦人が天に召されました。

私たちの結婚の時の証人でもあられた方です。

私の信仰生活にも大きな影響を受けた方でもあります。

晩年は鬱や糖尿、認知症と闘っておりました。

「花」がとても似合う方で、どんな場所でもお花畑に変えてしまう、見るからに優雅でその場所だけ時間が止まってしまいそうな方でした。葬儀の際、牧師が「天使のような方」と言っていました。本当にそうだと思いました。

色々なことを教えていただいたような気がします。とにかく実直で熱心。それでいてお節介(もちろん良い意味です)。少なくとも、その夫婦がいらっしゃらなかったら、間違いなくその方達を通してクリスチャンにはなっていなかったでしょう。もちろん今の妻とも出会っていなかったろうし、今の子供も居なかった。そんなことを考えてみても、我々夫婦にとってもかけがえのない存在。偶然ではあるが、しかしこれは神様の御心なんだなぁ、と思いました。

そんなわけで、とにかく大勢の方達が参列されていました。

「折り紙入れてもいい?」
棺の中に献花をする際に次男坊が突然そう言ったのです。鶴やシュリケンの折り紙をいつの間に持参していたんです…。婦人にとっても可愛がってもらったからかな…。彼の思いで更に涙腺がゆるみました。

キリスト教の葬儀でよく言われるのが良い意味でも悪い意味でも
「楽しそう」
と言われます。神妙な顔をして故人を偲ぶのとは違って、賛美歌を歌って和やかな雰囲気になるからでしょうか。キリスト教の場合は「死」=「終わり」ではないからだと思います。でも地上でその姿がもう見られないその悲しみはとても深いのです。

「私たちには希望がある」

ご生涯を歩まれた姿そのままに、彼女を思わせる「すばらしい」葬儀でした。

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by naonaochian | 2009-06-22 12:58 | 天の国

人生の意味

仕事から早く帰れる日はなるべく子供たちと多くの時間を過ごそうと思っている。その様な時、長男と一緒に寝ることにしていて、その日の出来事、昔話を薄暗い灯の中でじっくり子供と向き合って話をする。とっても楽しいひとときである。
昨晩は出張先から渋滞もほとんどなく思いの外早く帰ってこられた。神様に感謝。5歳になると色々思考が働いていて、前後関係、人間関係…色々なことが理解しているので毎回驚いてしまう。今の長男の興味はパパ、ママの馴れ初め話。今夜で4回目。ネタが切れてきた。ので違う話をすることに。前回までの話は、
「…それでパパはママが大好きで、だからヒロ君が生まれてきたんだよ」
という話。うれしいような恥ずかしいようなそんな仕草をしてすぐ寝入ってしまった。よって、昨晩はヒロ君の名前の由来を話しをした。誰が名前を付けたのか。
「パパのお父さんでしょ」
「あ、そっか、いつか話したことがあったよね。パパのお父さんは肺ガンってとっても重い病気で死んじゃったんだよ。入院してるとき胸がとっても痛くてそんな中で一生懸命名前を考えてくれたんだ。その書いた手帳があるから今度見せてあげよう。ヒロ君は初めての孫だったからさぞ会いたかっただろうにね、ヒロ君が生まれるちょっと前に死んじゃったんだよ。」
淡々と話していく中でそんなことを言ってる本人があの苦しい時のことを思い出して胸が詰まってしまった。あ~、あのときは本当に苦しかったよなぁ…。会社経営も苦しかったし。父でもある社長の病状が悪化の一途でただただ見守るしかない自分の非力さ…。そんな中での光明が妊娠が分かったときだった。
「ヒロ君はみんなに喜ばれるために、神様を喜ぶために生まれてきたんだよ。」
「そっか~、ヒロ君もパパのお父さんに会いたかったなぁ…。あ、でも、天国で会えるか!」
涙が止まらなかった。私が悲しんでいるのが分かったのか、ぎゅっと抱きついてきた。成長がうれしかったし、私が辛かったことを理解していることがまたうれしかった。

これからの長い人生、いつか本人も苦しむ時が必ず訪れるだろう。そんな時、人生の意味…誰でも喜ぶため、喜ばれるために生まれてきた、ということをぜひ知ってほしい。ヒロ君はクリスチャンとしてそれを多くの人に伝える重要な働きが与えられることもぜひ知ってもらいたいと心から思った。
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by naonaochian | 2006-09-06 13:03 | 天の国

契約のしるし

金曜日夜から妻の実家の横浜に訪れていた。そこから近くでいつも仕事でお世話になっているJAMSTEC一般公開日に伺うことと、久しぶりの妻の休養?の為でもある。一般公開は息子と出かけたが、5歳児にはまだ早かったようで、
「早く帰りたいよー」
の連発、午前中そそくさと帰ってきてしまいました。そんな中、妻達はコストコへ買い出しツアー。大量の買い出しだったが思ったほどではなくホッ。
私は彼女の実家が大好き。お父さん、お母さんには実の息子のようにかわいがって下さる。私も実の親の様にさせて頂いている。何より、信仰の大先輩だ。妻の信仰の強さはもちろん彼らから受け継がれて居るものだと確信するが、その確信が一体どこから来ているのか?関心の眼差しをいつも彼等に向けている。一緒に過ごす事が多くなると真の信仰の厚さ、強さが滲み出てくるのが分かるのが嬉しい。
日曜日はいつも通っている教会に行く為に、一泊だけお邪魔して土曜日中に帰宅する事にしていた。しかし、帰る頃になるとこども達はもちろん
「帰りたくないよ~、もっと遊びたいよー」
モード。そんな夕方に、激しい風雨に見舞われたつかの間、煌々と輝く太陽が暗雲の中にすーっとくっきり虹を描いて見せた。
「みんなー!虹が出てるよー!」
義理の妹と宏くんが興奮気味に教えてくれた。
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少し高台にある実家は180°はっきり見渡せた。こんな見事な虹を見るのは生まれて初めてかも(カメラの都合で180°撮れなかったのは残念!)。
みんなで虹を見ながらノアの契約のしるしの話をして聖書の言葉をかみしめた。

「 わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。」
創世 9:13

楽しかった一日である。
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by naonaochian | 2006-05-21 01:05 | 天の国

天国で会おう!2

そんな訳で、今とってもとっても幸せ…。怖いくらいに。神様がいる家庭、団らん。可愛い(?)最愛の妻に二人の息子。怖いくらいの幸せって何かって言うと、今がこれ以上ない幸せで、その状態が崩れることを言うんだなぁ、と最近つくづく思う。つまり、この内の誰かが死んでしまったら??不慮の事故にあって不幸のどん底に突き落とされたら?そんなことを思うと不安でいたたまれない。特に贅沢な暮らしをしている訳では全くないんだけど、これ以上、何もいらない。このまま死んでも良い!とも思う。…それにしても自分だけ死んでしまってもいいなんて何とも勝手な論理だよなぁ…。今死んでしまったら悔いに残る事は私にとっての伝道が未完結で終わってしまうと言う事かな。もちろん、何かの病気になって死を宣告されたら一番にビビってしまうのは本人なのだろうけど…。
一昨晩、早めに帰ってひろくんとお風呂に楽しく入っていたら、急に神妙な顔をしてビックリするような事を言った。

「パパか、ひろくんか先に死んじゃっても、天国で会おうね」

楽しく遊んでいたお風呂の中で、急にしんみりなってしまった。そういえば以前、そんな怖いくらいの幸せを紛らわそうと、ひろくんに言った事を思い出した。子供はとっても素直。この言葉をしっかりと自分なりに消化し覚えていたんだよねー。気を紛らわそうとかそう言った薄汚れた気持ちで言ったんじゃない。小さいながらも彼の信仰で言った言葉。その言葉を覚えていてくれただけでも、とっても嬉しかった…。
子供に改めて教えられました。私たちには最悪な事態が訪れたとしても「希望」があるし、また会えると言う確実な信仰があるじゃん!何で恐れているんだろう??…急に勇気が出てきたぞ!そう考えるとそこに
「生きている意味」が繋がってくると思うけど…。皆さんはどう?

「天国でまた会う」という信仰をとっても大切にしたい。その事を愛する子供と共有できる幸せ。霊に燃え、主に従って歩んでいきたい。神様に私の人生を全てお任せ・信頼して、恐れず、安心した日々の生活を心から歩んでいきたいと思う。
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by naonaochian | 2005-08-25 19:11 | 天の国

天国で会おう!1

最近息子のひろくん(4歳)は、うちの電話の使い方をすっかりマスターしたらしく、私が会社から帰るかどうかの確認を電話でしてくるようになった。簡単に掛けられるよう、ママが短縮で携帯の電話を登録しておいてくれた。お陰で「小さな癒し」の恩恵に預かっている。ママも夜ご飯の用意が確認できるので一石二鳥と言う訳だ。
「もしぃもしぃ、ひろくんだよ。パパ、なんじっくらいかえってくるー?」
激務?に耐え、終盤を迎える夕刻に、いつもこんな感じの電話に励まされる。疲れが一気に吹き飛ぶ瞬間でもある。誰が見ても目尻が下がりっぱなし状態が確認できる。
昨晩は久しぶりに早く帰れそうだったので、
「もうちょっとしたら帰れるよ!」
「へぇー、じゃね、ばいばい」ガチャン!
…おいおい、それだけかい!でも、そんな一言でも、内容が全く無くっても息子との対話はとってもうれしいのだ。
言っておくが、私は根っからの親ばかである。自覚しているし、それを自負している。その事を他人に指摘されても全く意に介さない。事実だから…。これを通り越したらもしかしたら溺愛なのかも、と思う事がときたまある。子供の一挙手一投足が可愛らしい…。じっと眺めているだけでいい。なんでこんなに我が子が可愛いのだろう。そんな我が子を見ていると亡き父を思い出す。いつもじっと見つめてうれしそうな顔をして私を見ている姿。無条件でしょう、この愛は。とっても愛されていました。でも、それがとっても煩わしくって「こっちを見るな!」なんて罵声を浴びせたりしたものです。「愛されている」意味が分からないと反発して反対方向へ行ってしまうんですよね。大きすぎる愛を受け止めるだけの能力、容量が事欠けていました。全く愚かです…。それと同じく、私たちは神様に「愛されている」んですが、でもどうでしょう、本当に「愛されている」意味が分かっているでしょうか。考えれば考えるほど神様に逆らってばかり。いつも反対方向。神様に従わず、悪魔に従ってしまっている実態があります。神の本当の「愛」を知れば知るほど、親の「愛」、子供の「愛」が手に取るように分かります。逆も然り。親、子供の「愛」を知れば知るほど神の「愛」も知ることができるのです。その本当の「愛」を知れば知るほど、自分の愚かさばかりが目立ってしまう事になるのですが…。懺悔の日々でもあります。
生意気盛りになった息子と対峙するような時でも、「愛」の本質を、「愛する」「愛される」気持ちを忘れないようにしたい。
この子育てというとっても貴重な体験をしている最中、何かに留めておきたいと常々考えていた。こんなにも「愛している」と言うことをどうにかこうにかして表現したい…。なので私にとってこのブログはとても重要だし、至福な時なのである。

…つづく
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by naonaochian | 2005-08-24 17:01 | 天の国

クリスチャンって誰、何者??…普通の人だよ!聖書から教えてもらって普通に暮らしてるけど、その一見ありきたりな「幸せ」を是非みんなにも知ってもらいたい!あるクリスチャンの日常を日記風に語ります。
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